ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

空想信仰?(5)

 
  空想信仰?(5)
 
   ・時が経つのは早い
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41566641.html
   楽山ブログのコメント欄。
   一部編集、また、コメントは前後しているところがあります。
 
 
(楽山)
>豊かな自然やその季節の移ろいに表される木の葉一枚の変化の美しさや生き物ののさまざまな生態のドキュメンタリーなどを見るとやはり人知を超えた創造者の御業に違いないと思うことが多いですね。
それは自分も思いますよ。
こんなスゴイものが偶然にできるわけない、設計者がいるはずだという風に。
でも宿りバチ、カッコウなどの生態をみると、これは果たして神の創造物だろうかと疑問に思うことはあります。
ドーキンスの「進化の存在証明」を読んで、やっぱ生物は共通の祖先から進化してきたようだと思ったり。
2019/8/10(土) 午前 11:54 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
未承認
(私)
本当の幸いを知らない者は、物や肉体の不思議に、こだわってゆくのでしょう。

偶然にできるわけない、設計者がいるはずだ

設計者探しだけから神を見ている楽山です。自分の心で必要と思うことはなかったのでしょう。それでは、趣味に過ぎません。キリスト信仰は趣味ではありません。まだ分からないのか、というより、分かることは期待できないような気がします。
 
(楽山)
ところで、少し前に読んだ本で、自然を見ることで神を知るという考え方を徹底排除しようとした神学者を批判してました。
その神学者の理屈としては、自然によって神を知るというのは、キリスト教以外の宗教にもある考え方であって、これを認めることはキリスト教を他の宗教と横並びにすることであって、キリスト教の絶対性を否定することにもつながり、許されないことだということらしい。
でも著者は、自然から神を考えるというのは聖書にもある発想だし、これを否定するのは無理だとしてた。
shalomさんは、コメントを読んだ感じでは、自然の姿から神を思うことには抵抗はないみたいですね。
ちなみに自分もそっち系。進化論は事実らしいと思いつつも、生物の多様性、デザインなどをみると、神様すげーっと思わないではいられないので。
2019/8/10(土) 午前 11:56 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
未承認
(私)
自然からだけ神を見ることは信仰ではありません。
信仰は、それを必要とする者の心に働くからです。

生物の多様性、デザインなどをみると、神様すげーっと思わないではいられない

楽山の神への視線は、こういうものなのです。すげーっと感覚だけで、信仰を考えているのでしょう。だから、人間の心を疎かにして、ボンヤリ言語のアドラー教に、心理学だからと、怒るであろう危険も省みず、染まってしまうのだろうと思います。
 
(楽山)
横井さんのことは自分はよく知らないけど、ダワーの『人種偏見―太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』を読むと、当時、米兵が日本兵にどんなことをしていたかが書かれてあります。
これを読むと、当時の日本兵に、米軍に降伏、投降するより、徹底抗戦することを選んだ者が多かった理由の一端が分かるように思います。また孤軍となっても、ジャングルに身を隠したまま、米軍の前には決して姿を見せない理由も色々と想像させられます。
本書は残虐行為の描写が多いから読むには忍耐を要するけど、ショックが大きいだけに一読すれば忘れられない本になることは間違いなしです。
なんか随分深刻な話になってしまったけど、自分としては宗教の話だけで手一杯で、政治、歴史の話まで手を広げるのは無理なんで、これについてはこの辺で止めときます。
2019/8/10(土) 午後 0:01 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
未承認
(私)
異国の戦場では、敵に対して人種や民族による偏見もあからさまになる、ということは考えられます。なにせ目の前にあるのは、異国であり、敵であり、自分が殺されるかもしれないからです。
戦争は味方が殺されることによって継続される、さらに、相手を悪魔のように嫌ってもいいような、殺すと褒められるような状況なのです。
楽山は、その残虐な描写で参ってしまって、ショックが大きく、忘れられず、手いっぱいになって、差別をきたしやすい状況まで考えられないようです。だったら、最初から書かなければいいのです。悲惨さは、既に、経験者が、語っていて、楽山のボンヤリ中途半端な話など必要ないからです。
 
(シャローム
> 楽山 (自由)さん こんばんは
「日本自然の姿から神を思うことには抵抗はないみたいですね。」
そうですね。このことが、古今東西、すべての人間に宗教心があることの共通した根拠ではないでしょうか。
人間は自然の恵みによって生かされていることから、自然によって与えられる恵みに感謝し、また自然の脅威に恐れおののきながら生きていたと思います、自然の恵みも脅威も人の想いを超えた事柄ですから、恵みにも脅威にも人間を超えた意志が自然の背後に働いていると感じたのではないかと思います。
また人間は自然の中で、人と人との関係にも信頼や恐れを感じさせられていたと思われます。
2019/8/10(土) 午後 5:52 [ shalom ] 返信する
 
未承認
(私)
自然の恵みから神を思いながら、人間については、人を人とも思わないで、隠し事と嘘を積み重ねているシャロームが言っています。そして、しつこく、人の想いを超えた、人間を超えた、と言っています。これで、人間のことを考えなくなるシャロームは、つまり、神に成りあがっていることにしかならないのでしょう。
(私)
だから、シャロームは、真っ向から神に背いて、人と人の関係に、世辞以外には、何の恐れもなく、気遣いもなく、配慮もなく、反省することもなく、気にすることもなく、忘れてしまうのでしょう。これをシャロームは神の平安と言っていますが、私は、自分で作りだした虫による安穏の沼と言っています。
 
(シャローム
人間との交わりの中で助け合ったり、時には争ったりしながら、愛や罪という意思や感情の働きと同時に人間を超えた意志や感情を持つ存在に対する畏怖の念をも持つようになったと思います。
 
(私)
今までの経過から、真っ赤な嘘です。畏怖があるなら、無視はしないのですから。
 
(シャローム
さらに群れたり、社会を形成するようになり、秩序をつくるために、時には処罰する存在として宗教を互いの関係を維持し、社会形成のために祀ったり、また社会と異なる社会との争いごとになったりして行く中で、種族神、部族神のようなものを必要とするようになり、儀式化、戒律化し、宗教的な集団や指導者が社会を支配するようになってきたとも考えられます。
宗教の根っこにはこのような自然、人と人との関係が不可欠な要因になっていると考えられます。
2019/8/10(土) 午後 5:53 [ shalom ] 返信する
 
未承認
(私)
日本教について勉強しましたと言いたいようですが、総て、自分という悪と罪を無視したうえでの妄想です。前のほうで「人と人の関係にも」と、シャロームは書いていますが、ここでは、「人と人との関係が不可欠」と、まるで、言い訳の辻褄合わせのように書いています。シャロームが、人と人との関係を無視して、勝手放題にしてきたことは、既に今までの事実として明らかなのです。
 
(シャローム
キリスト教信仰は啓示宗教と言われ、二兎から始まったのではなく、神ご自身の啓示に基づいていると言われています。だから福音ということができると思います。
神の啓示には一般啓示と特別啓示があるとされています。
一般啓示が主に自然による啓示と人と人との関係による歴史的啓示と考えられています。宗教の始まりはこの一般啓示によるすべての人に共通する要因によって生まれたと言えるでしょうね。
ですから、啓示宗教と言われるキリスト教にも自然によって神を知ることができるという立場があります。
2019/8/10(土) 午後 5:55 [ shalom ] 返信する
 
(私)
啓示と言えば、逆らわなくなるだろうとでも思うのでしょうか、シャロームは、啓示という言葉を、めいっぱい悪用しています。シャロームと違って、啓示を受けたものが、悔い改めない、罪を認めない、人の意見に弁明が出来ない、なんてことはないのです。このことは、前に、私が何度も書いてきたのに、シャロームは、また、同じことを書いて、批判者がうんざりして去るのを待っているのでしょうか。
 
(シャローム
特別啓示は奇跡や預言、イエス・キリストという人間の歴史を通して生きて働かれる神のみわざである奇跡、預言、イエス・キリストという旧約聖書新約聖書に記録されていることです。
自然によって自然の恵みや脅威を感じ、自然の中に生きて働いている人間を超えた存在に対する畏怖心が宗教心の始まりとして、
特別啓示は人格としての霊性、自存性、無限性、永遠性という人間を超えた畏怖すべきかたが啓示され、その方は遍在性、全知性、全能性、普遍性であることを掲示されというのです。
この一般啓示と特別啓示によって神は人間い神ご自身がどのような方であるかを掲示してくださったというのです。これがキリスト教信仰の普遍、不変の土台とした信仰なのです。
shalom!
2019/8/10(土) 午後 5:55 [ shalom ] 返信する
 
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(私)
啓示が根拠だから議論の対象にならないと言ったシャロームは、今、どうなっているでしょう。都合の悪い意見を、神に任せることなく、読者に任せることもなく、自分の企みの意志で削除ボタンを押して、強制的に削除してきました。またシャロームは、罪は悔い改めなくても赦されるから気にしなくていい、という自説を訂正していません。これだけで十分なのです。シャロームの言う神の啓示は、真っ赤な偽物です。何も理解しないでキリストと神を悪用しているのがシャロームです。
 
(楽山)
> shalomさん、こんばんは。
前に挙げた本で紹介されてた議論は、いまいちピンと来なかったのですが、shalomさんのお話を聞いて、前より少し分かってきた気がします。ありがとうございます。
啓示宗教という言葉は聞いたことはありましたが、一般啓示、特別啓示のことも、今、知りました。ここもありがとうございました。
いやあ、新しいことを知るって、いくつになってもいいもんですなあ!
2019/8/10(土) 午後 9:08 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
未承認
(私)
このように、楽山は、賛同して、

いやあ、新しいことを知るって、いくつになってもいいもんですなあ!

とまで言っています。いったい、どこの、おっさんでしょう。
どう分かってきたというのでしょう。化けの皮が剥がれています。
(私)
シャロームの超常言葉の啓示の理屈で知ったつもりになる楽山は、どう見ても、最初からシャロームの味方であり、キリストの敵と言うに相応しい偽善者なのだと思います。キリスト者のふりをして記事を書いてみたり、キリストの意図を曲げて解釈した文献を出してきたり、数々の冒涜を何とも思わない、この2人以上のグループを、彼らがどこに行っても、神は忘れることはないのです。
 
 
(2019年08月12日)
 
 
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