ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

楽山の不感と作為

 
  楽山の不感と作為
 
 『晩年の父内村鑑三』内村美代子著
 2020年12月24日 楽山日記(LD)
 http://mn266z.blog.jp/archives/27448871.html
 
 
前にも書いたことですが、楽山は、自分の考えを整理することが出来ないので、他者の発言を引用した記事を書いています。殆ど引用で出来ている記事であるのは、楽山に、答える資質がないからです。恐らく、感想文というレベルにも達していないと思います。
 
あとは、楽山の、いつも気安い思いつきで、書いてゆく姿勢が続いていますが、気安さ、安易、不注意、などということを、まるで気にせず、気取った書き方になっています。
 

*著者
著者は内村鑑三の長男祐之の妻であり、本書では自身の立場から見聞きした鑑三の言行について綴っているのだが、記憶に頼って書くだけでなく、鑑三の日記と照合し事実関係を確認してあるところがすばらしい。
「あとがき」によると、戦後は鑑三について「虚実とりまぜた一身上のことまでが」取りざたされるようになったので、真実を書き残しておきたいと考えて筆を執ったとのことであるし、もともと書物の編集、翻訳に携わっている方なので、そのような念入りなものになったのだろう。
このことから本書の信頼性は高いと思うのだが、その中で自分にとって最も印象的だった点について、いくつかメモしておきたいと思う。

 
楽山にとって印象的だった点、というのは、要警戒です。楽山は、今まで、都合の良いところだけを引用して、自分の幼稚な宗教観に、実際は、反宗教に、結び付けてきたのです。そうやって、楽山は、有名人の著作を、自分だけの狭い視野の中で、恣意的に、自分に都合よく語ることで、おとしめるのが、楽山の上から目線として、有害性を増してきました。
 
楽山は、本を読んで、勉強し学習するのではなく、利用し悪用してきた履歴が、本の感想文さえも、詭弁の醜悪さに変えてきたことを忘れてはいけません。キリスト教無神論など、どちらも、楽山は利用します。そして、楽山は、一貫して、いちゃもん屋の、思い上がった無反省・無責任・無理解の反キリストです。楽山の感想文を信用してはいけません。
 

*情熱家
まず一つ目は、内村鑑三は非常に情熱的な人だったということである。

対人関係では、あまり熱情が大きすぎるため、相手の態度に絶えず物足りなさを感じておられたのではなかろうか。総じて愛憎の烈しいのが内村家の性格だそうで、父もよほど、それを自制しておられたように思う。
(『晩年の父内村鑑三』内村美代子著、教文館、1985年、p.104)
いったい大きな子供のように感情の強い人でしたから、気に入ったものを頂くと、その喜びは大変なものでした。
(同上、p.114)
「実家と絶交して、いったいどうしていたのか」と、不審に思われる方もあるかもしれないが、絶交は父のよくやることなので、私は大して驚きもしなかった。
(同上、p.44)
父は直情径行、悩みごとを家族に隠しておけるような人ではありません。
(同上、p.134)
 」
著者の夫(鑑三の長男)は、「いたずらっぽい目」をして、こんなことを言っていたともいう。

「おまえはすぐプンとするが、それはおまえの将来に決してよいことではないから気をつけるんだよと、お父さんが言ったものだよ。あのお父さんがね」
(同上、p.75)
 」
こうしてみると、内村鑑三はその長所はもちろん、そうでないところも含めて家族から愛されていたようだ。

 
引用が、長所よりも、短所寄りであることに気づいてほしいと思います。「愛憎の烈しい」「感情の強い」「絶交」「直情径行」「あのお父さんがね」・・こういう引用で、感情的で短慮、という印象を吹き込みたいようです。
 
「それをそうでないところも含めて」「家族から愛されていた」・・というのは、後者で前者を受け入れやすくしているのでしょう。
 

*バランス
二つ目は、情熱家ではあっても極端にははしらなかったという話である。

自身も催眠薬などには苦心されたと見えて、薬のことにはなかなか詳しく、ある人が毎晩ジアールを服用されると聞いて、
「そんな乱暴なことをして!」
と、眉をひそめておられたこともある。
 なるたけ強い薬を避けて、自然の食事療法に近いものを採られ、米は三分づきぐらいの黒いものと決まっており、餅は栗餅であった。
 しかし何にもまして精神力を尊重しておられたことは明らかである。それかといって、クリスチャン・サイエンスなどにははしらず、どこまでも常識の則を超えぬやり方であった。
(同上、p.94)
 」
不眠症で悩んでも無謀なことはしない、信仰心は強く、感情も豊かでありつつも、理性的で常識をわきまえているというのは大人だなと思う。

 
薬、食事療法、精神力、など、ことさら、引用しなくてもいいようなことを、わざわざ引用しています。「不眠症で悩んでも無謀なことはしない」「信仰心は強く、感情も豊か」「理性的で常識をわきまえている」・・こういう理性も情性も単純に褒める言葉から、楽山の、気安さ、安易さ、めんどくさがっているところ、を感じてほしいところです。
 
キリスト教について、ほとんど触れておらず、世辞と誘導以外、書く必要のない感想文だからです。
 
読んだつもりだから、記事にして、満悦したいのでしょうか。だから、結局、「大人だな」という褒め言葉しかなくなります。確かに、評論家気取り?の小学生?みたいな楽山よりは、大人なのでしょう。
 

*天罰
三つ目は、内村鑑三は天罰を信じていたらしいことである。

ある日の食後の雑談の折りに、父は容をあらためて申しました――
「この年になって、いよいよはっきりわかってきたことは、この世には天罰があるということ。人の子をわなにおとし入れれば、自分の子が同じ穴に落ちてしまう。私はそういう実例をたくさんに見た。すべての人がこの事をよく知って、神様を畏れなければならない」
(同上、p.175)
 」
「悪には必ず報いがあるが、災いはすべて悪の報いとは限らない、義人の苦難のように」とするなら、天罰を信じることと因果応報を信じないことは両立し得るのだろうが、ヨブ記講演において因果応報を説くヨブの友人たちをあれほど強く批判していながら、悪には天罰という報いがあると強く信じているところは興味深い。
 人の脳は、目的論的、因果応報的に考えるようにできているというが、内村鑑三もその例外ではないということだろうか。

 
楽山に、天罰ということから、目的論、因果応報、という結論しか出てこないのは、今まで、そういうことしか、考えず、書いて来なかったからです。しかも、その説明をしていません。楽山は自分を、内村鑑三を分かっている評論家気取りで、偉く見せようとしているとしか思えない記事なのです。
 
内村鑑三も、楽山にとっては、楽山の視野と思考の例外ではない、と言いたいのでしょう。楽山のような自己愛性人格では決して届かない人物を、例外視したくない楽山の自己愛性の高慢な欲望からの見なしだと思います。
 

*生物学と信仰
最後に、本書によると、「一生を通じて最も感化を受けしは如何なる書なるや」との問いに、内村鑑三は次のように答えたという。

基督教の聖書、ダーウィン氏原種論、ブレース氏の人類思想発達史
(同上、p.152)
 」
また学生時代は、生物学が得意だったらしく、志賀重昴による内村鑑三の紹介文にはこうある。

特に生物学に到りては全百点を得。
(『内村鑑三選集 別巻』「〔内村鑑三氏〕」志賀重昴著、岩波書店、1990年、p.3)
 」
内村鑑三は農学校の卒業後には、水産生物学の研究で種々の業績を上げたというし、信仰を持ちながらも、それとは相反するだろう生物学の分野でも優れていたというのは驚かされる。
マクグラスもそうだが、こういう風に自己の信仰とは相容れぬだろうものさえ受け入れ可能な人物は、やはりそれだけ器が大きいということなのだろう。

 
本の名前を挙げ、生物学百点、ということから、楽山は、なぜ、信仰と相容れぬものを受け入れ可能、さらには、器が大きい、などと言えるのでしょう。理路が、全く整理されていないので、根拠になりません。いつものように、子供レベルの思い付きで書いています。だとすれば、全体的に、評論家気取りの筆致が、嘘だということになるのです。
 
自己愛の強い楽山には、内村鑑三も、神学者マクグラスも、理解できるはずはないのです。しかし、評論家気取りで、「マクグラスもそうだが」と、器の大きさが分かる立場を、さらに気取って、同列のように、書いてしまうのです。自分も、肩を並べている・・?、とでも言いたいのでしょうか。
 
反キリストで、キリスト教もキリスト信仰も全く理解していない楽山が、正当な批判も、正当な賛同も出来ないのに、キリスト教について、的を外しながら書いてくる雑言の文章を信用してはいけません。何を書いても同じことで、信用度は、ゼロ~マイナスでしかありません。
 
今回は、キリスト教の人がテーマだから、真っ向から否定してはまずい、とでも考えたのでしょう。しかし、このような、書いた文章のあちこちに、ナルシストが顔を出してくる楽山であります。ここで明らかになってくるのは、恐らく、楽山は、誰も尊敬してはいないだろうということです。
 
 

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                花と見せかけ
 
 
(2019年12月12日、同日一部修正)
(2020年12月25日、加筆して再録、さらに修正)
 
 
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