ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

踏む、堕落

踏む 踏まれた虫は踏まれて易々と無視されるが 踏まれたという怒気の記憶が踏んだ足の裏に隠れる 無形の返し技 取るに足らぬ者が街を行けば 一歩一歩に別の世界を踏み 故郷から 取り返しのつかない異土の住人になってゆく 見知らぬ街に、ここはどこ?いつも…

妄想コメント

妄想コメント shalomのコメント(シャローム、シャロム、あなた、彼) http://st5402jp.livedoor.blog/archives/3906183.html#comments シャロームは、私の記事を引用して、コメントを書いてきました。いずれも、根拠のない結論だけです。ずっとそういう筆致…

カルト予備軍の醜態

カルト予備軍の醜態 シャロームshalomは、現在、所在不明ですが、キリスト者そして元牧師と称しながら罪は悔い改めなくても赦されるから気にしなくていいというキリスト信仰とは真逆の信条を持っているつまり反キリストであり、カルト教祖です。受け入れられ…

詩と信仰

詩と信仰 詩を書くときも信仰を考えるときも思考は大切だが論理を整えるときの思考とは違う。 何かに共感して共感を言葉にするとき整うのは論理ではない 何かピッタリくるものをツボに当てはまってくれるものを求めながら彷徨う 今までの私ここにある心 悔い…

信じるとは

信じるとは 信じるとは思いこむことではない 思い込めば その人の頑なさに固まる その人の であり そこに神聖は排除されている 私たちが自由意志をもって 神聖を心から排除できることは 古今の人間の有り様が証明している 排除を、また、排除から いちいち神…

悲鳴

悲鳴 いつからか私の目の前にはいつも悲鳴が鳴り響いているようだ それは通り過ぎるときに刃物のように何かを切り裂いてゆくようなのだが紙のように何か切り裂かれているようでもある 飛び散るものが音も声もさらに引き裂いてゆくようで 耳を塞いでも聞こえ…

正直とは嘘とは

正直とは嘘とは 私は、何度も神の前でだけは精いっぱい正直な祈りを捧げることを救われる条件と書きました。 ひょっとして神の前で正直でも人の前で嘘を吐くのはいいのかと思う人もいるのではないかと思いますが 人間というものを全体像として全人格として総…

信仰は母性?

信仰は母性? 「没後10年 遠藤周作と〈母なる神〉」加藤宗哉 2019-10-14NEW https://ameblo.jp/aankzf2019/entry-12535768814.html 楽山日記(a) あたかも信じているかのようにクリスチャン芝居をしてみたり、一方では、幼稚な見方で、子供が駄々を捏ねる…

基督の歌+5:基督像

基督の歌+5:基督像 基督像 誰も助けてはくれない誰にもおろしてもらえない痩せた項(うなじ)は地にうなだれ蒼白の瞳はかすかに見開かれながらずり下がる手足の痛みに耐えていなければならない どれほど多くの乾いた唇が彼の名前を掠めていったことだろう…

基督の歌+4

基督の歌+4 臨終 見ている多くの顔が眠ろうとする信徒の最後の告白を聞くために そして 賛美の言葉の一つも出ようものなら久しく流さなかった涙をその時には浮かべてもよいと 期待するものと 期待されるものの間で つり上げられた信仰が 病気の小魚のよう…

基督の歌+3:自殺

基督の歌+3自殺 自殺について (「自殺は最大の罪」とは 「自殺者は最大の罪人」の意ではない これは生けるものに向かって発せられた言葉であって 死者を呪うための言葉ではない) 自殺者はいつもいちばん言いたかったことを言い損ねて死んでしまうしたが…

基督の歌+2

基督の歌+2 私は、昔から、キリスト信仰を考えるときに、体のいい言葉を並べることに、半端に抵抗がありました。感謝の言葉は使うことがありますが、特に讃美のための讃美と言うのは苦手です。 そして、私が現代のパリサイ人として、約8年間批判して、ヤ…

基督の歌+

基督の歌+ 基督(キリスト)の歌として、90年代に書いた、宗教詩のつもりで、再録ですが、今回は、私の意見として、できる範囲で解説を書いてみたいと思っています。 序 自らの信仰を暴きすなわち十字架を倒し墓を掘り起こし死地を招き振り返ったものすべ…

カイン

カイン カインのことは、前に書いて、最古のサイコパスとも書きました。 しかし、神は、アベルを殺したことで、カインを滅ぼす~殺すことをしませんでした。カインには、子孫がいます。何故でしょう。 (創世記、口語訳)4:8カインは弟アベルに言った、「さ…

不都合

不都合 一応、キリスト信仰の立場から書いてゆきます。 生きておれば、必ず、自分にとって不都合なことに出会います。それ自体を避けることはできません。その不都合を無視したり、敵視するなら、思いこみの自己正当化をする人にしかなれないでしょう。 不都…

クソリプ?

クソリプ? アドラー心理学サロン  2019-05-25 https://www.adlersalon.com/entry/2019/05/25/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%AA%E3%83%97%E3%81%AB%E7%89%A9%E7%94%B3%E3%81%99%E2%9D%97%EF%B8%8F アンチのクソリプに物申…

犯罪人の義

犯罪人の義 救いの条件や理由については、何度も書いてきましたが、関連して、聖句を引用します。犯罪人の聖句です。 (ルカによる福音書、口語訳)23:39十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれ…

神学を悪用

神学を悪用 『神学部とは何か』佐藤優 2019-10-05NEW ! https://ameblo.jp/aankzf2019/entry-12532701498.html 楽山日記(a) 神学は、聖書の解釈を主体として、文献的考察をするという点で、信仰の糧(かて)になりますが、神学が、興味本位の謎解きに、答…

文責への無責任

文責への無責任 アドラー心理学サロン https://www.adlersalon.com/entry/2018/09/15/%E8%AA%B2%E9%A1%8C%E3%81%AB%E4%BB%8B%E5%85%A5%E3%81%95%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84%E5%A2%83%E7%95%8C%E7%B7%9A%21%21  2018-09-15 自分の課題に介入させない境界線!…

不健全

不健全 アドラー心理学サロン https://www.adlersalon.com/entry/2019/09/13/054804  2019-09-13 不幸に対する教えは、かなりの知識と弁えが必要です。教える側が、言い放って、いい気持になるだけでは、事態を悪くするだけだから。 >自分は不幸だなんて泣…

インテリ気取り

インテリ気取り 『神は妄想か?』の感想つづき 2019-10-02 07:10:37NEW ! https://ameblo.jp/aankzf2019/entry-12531694550.html 楽山日記(a) 以下のように、楽山は、執拗に、人の批判には答えないまま、何でもわかるつもりのインテリ気取りのために恐ろ…

ボンヤリ言語の卑劣

ボンヤリ言語の卑劣 楽山日記(a) 『神は妄想か?』マクグラス 2019-09-30 06:47:02 https://ameblo.jp/aankzf2019/entry-12531001772.html 楽山は、カルト宣伝者としてのボンヤリ言語と詭弁によって、キリスト信仰を揶揄したり、おとしめたりしてきました…

ついでのキリスト教?

ついでのキリスト教? 楽山日記(a)2019-09-29 17:08:31 『魯庵随筆 読書放浪』の感想つづきより抜粋 https://ameblo.jp/aankzf2019/entry-12530828834.html 読書のついでに、載ってるからと、また、キリスト教を否定しにかかっている楽山です。このように…

心の問題

心の問題 一応、シンプルな信仰のたとえ話なのですが、信仰に限らなくてもいいようなところもあると思います。 蟻が紙の上を這っているとする。蟻には紙の上の世界しか見えない。 蟻の能力はそこまでで飛んだり跳ねたりもしないと仮定して 信仰が心の問題だ…

アドラー教(2)

アドラー教(2) アドラー心理学サロン https://twitter.com/adlersalon より抜粋。 アドラー教は、誤用や悪用が起こりやすいのです。実際、絶対自己中心になって、人の話を聞かなくなった者がいて、批判を続けています。アドラー教は、不感不応を促進する…

アドラー教

アドラー教 アドラー心理学サロン(アドサロ)‏ @AdlerSalon https://twitter.com/adlersalon アドラー教は、言葉を暴走させるのが好きで、それを欠点とは思っていない、ということが明らかになっています。 >人の噂話ばかりしているあなた、そんなことしてい…

共感性

共感性 私のような者でも少しは共感する性質があると思っています。最近、台風が窓を破るのではと恐れましたが自分が恐れるだけでなく他者の無事を祈ってもいました。我がことのように祈ったかは疑問ですが全然気にならないわけではないくらいのことは言える…

信仰とは人間とは

信仰とは人間とは 信仰とは、超常の奇跡を信じることを本質とはしない。物や肉体に起こる奇跡を信じたとしてもそれで信仰が深くなりますます奇跡が起こるということはない。何故なら物や肉体に起こる奇跡は神の御心と計画によるのであり人間が関わってよいこ…

神義論?

神義論? 『サピエンス全史(下)』の感想 つづき https://ameblo.jp/aankzf2019/entry-12528138068.html 楽山日記 (a) 2019-09-21 19:23:49 テーマ:ななめ読み 神義論とは、神の正しさについての議論というようなことでしょう。神を信じていない楽山などに…

信仰者の立場から

信仰者の立場から 私は、もう長いこと、教会には行っていない。教会を否定しているわけではないが、向かないと思ったことはある。「誤解」https://ameblo.jp/st5402jp/entry-12445725961.html 今まで書いてきたことを、キリスト信仰の立場から考えてみようと…