ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

キリスト信仰と批判

神と人知3

神と人知3 超常への憧れから信仰者になった人は現実問題に向き合うことが苦手になるかもしれません。現実問題に疲れた人が、何らかの機会を得て、信仰者になる場合には、信仰は、超常ではなく、キリストの愛と共感によって、心で受け取っていると思います。…

自由と解放3

自由と解放3 信仰は欲望や、世俗のしきたりや、先入観や偏見などの戒律みたいなものに縛られる心から基本的に神の御心を思う世界へ生き方の方向を変えることです。神様のほうを向くという表現もあります。つまり生き方の方向転換と言えるでしょう。 こだわ…

祈りとは3

祈りとは3 祈りは人から神への言葉による唯一の音信であります。 そこにのみ、言葉での神に対する人の自発性が表れます。 出来事思うこと感じたこと学んだこと悔いていること罪の告白赦しと導きを乞うこと 信仰を固定してはいけません。 心の中が定まったか…

悲しみと脅し

悲しみについて 悲しみを楽しいことで打ち消すと悲しみは消えるのではなく心に潜伏するかもしれません。 悲しみを心の履歴書の一頁としてください。それが出来れば悲しみは人生の履歴の記録になるでしょう。 悲しみは隠したり抑え込んでしまうと見えない傷と…

祈る心3

祈る心3 「祈り、でもでも」修正、加筆。 祈りたい気持ちがあって祈りたいことがあるからまだ信じているのだろう実際には毎日のように祈っているが殆ど、そのときの心境の吐露 でも祈ったからといって何か変わるのかどうか変わるとしてそれは目に見えるのか…

存在について

存在について 私たちが存在し、存在していることを自覚しているのは、いかなる科学的、または、哲学的プロセスを経ていても、全て、私たち人間の五感を通して得られたことを基(もと)にしています。つまり、五感のない存在は、何も認知しえず認識しえないと…

信仰と固定(再)3

信仰と固定(再)3 人間が、神と関わることは、祈りであり、それが全てであります。 神が、人間と関わるのは、人間には、知る由もないことであります。 人間は、神の全能を知って、神の味方になるのではなく、神を恐れるべきなのです。 神を理解すること、…

矢印の人々3

矢印の人々3 神話と奇跡信仰に生きる人たちは、都合のよい出来事を奇跡に結びつける。「何度、奇跡に救われたことでしょう」「私たちは、いつのときも安らかです」・・怪しい宣伝文句になってゆきます。カルトに顕著ですが、キリスト教にも、そういう傾向を…

人の復活3

人の復活3 死人が蘇る話よりも、先に考えるべきことがあります。信仰はその原初から、神との関係への人生の依拠であり、生きる理由の依存でもあります。自立した信仰などありえず、信仰は紛れもなく、神に人が依存し、かなり甘えることに他なりません。 語…

信仰者の感謝2

信仰者の感謝2 感謝だけでは信仰は語れない 感謝する人の善い話と感謝しない人の善くない話だけでは信仰は語れない 感謝できないこともある人の心 人の心に触れ人の心を通して人の心を考えなければ神の下にある人の信仰は語れない 悲しみから仰ぎ祈り求める…

善悪3

善悪3 何が正しくて、何が間違っているかなど、善悪の厳密な結論は、風さえも支配されるところの全能の神ならば分かるでしょうが、風を追うような私たちに分かるはずはないのです。 (伝道の書、口語訳)1:17わたしは心をつくして知恵を知り、また狂気と愚…

キリストの心2

キリストの心2 キリストは、救われる人々に対して、物や肉体の奇跡をおこなっただけでしょうか。否であります。こんなことが出来るから従え、という救い主でしょうか。否であります。 確かにキリストは、神の権威をもって語ったかもしれない。物や肉体の奇…

敬虔5

敬虔5 (過去記事「謙遜」を修正アップ) 例えば元気で熱心な信仰者に、ありがちな発言として、「「神のうちに生き、動き、存在している」という視点に立つとき、私たちの存在の意味や価値を謙遜に見極めることができる」というのを聞いたか読んだかしたこ…

時と風2

時と風2 時は風のようなものだ あの日の時と今の時とそれほど変わりはない 同じような時が日々の必要を告げる あの日の風と今の風とそれほど変わりはない 同じような風を頬に受けている 私たちの変わりようといったらどうだろう 時は風のようなものだ 流れ…

信仰は3

信仰は3 信仰は史実に依拠しません。史実であってもなくても、聖書によって信仰は生まれるからです。また信仰は出来事に依拠しません。 さらに信仰は人にも組織にも依拠しません。信仰は神への恐れとキリストの愛のみに依拠します。 与えられるためには人間…

教条主義2

教条主義2 繰り返す決まり文句は、心の面倒を見ない。 教条は、心の面倒を見ない。 教条化した思想は、心の面倒を見ない。 イデオロギーは、心の面倒を見ない。 そこにアクティブな波動がないからだ。 (ネットより)きょうじょうしゅぎ【教条主義】権威者…

当てにならない3

当てにならない3 私たちは実に当てにならない世界に住んでいます。実際は、当てにならないのは私たち人間の心であり内部なのです。神様は当てにならないかということなら、心の支えとして信じている人はいます。 望んだ奇跡が常に叶うという信仰?なら、当…

いちばん大切なもの2

いちばん大切なもの2 この世において、キリストの心が伝わるのを妨げようとする者の話には、聖書とキリストの話を、奇跡や超常の話ばかりにして、史実か事実かどうかで追いつめるてゆく、というやり方です。それは、いちばん大切なキリストの心から遠ざけよ…

神について語るには4

神について語るには4 キリストや聖霊についても同様ですが、神という御方を考えるとき、全知全能の神については、私たちの概念の箱には到底納まらないということを先ず言いたいのです。神と聖書について人間が持つべき箱は、修正可能な分かった "つもり" と…

聖書におけるサイコパス

聖書におけるサイコパス 悲しむことなく、悔いることはありません。後悔するとき、人は、悲しんでいます。悲しみと悔いは、人間の高等感情です。 そして、悔いることのないまま、改めることはないのです。 正義や慈善とかではなく、悲しみを知ることが、人間…

矛盾の信仰3

矛盾の信仰3 神は人知を超えた御方だから、神は人知を超えた奇跡を起こされるのだと、なぜか、神の奇跡とその意味を得々と語る人がいます。神は人知を超えているのに、なぜ神の奇跡を人知が説明できるというのでしょう。そのような説明は不可であり、それが…

試練と不幸2

試練と不幸2 確率的には高くはなくても、ヨブが受けたような試練に、この世的には不幸に、信仰者だけが遭わないで済むなんてことはないでしょう。むしろ、信仰者だから遭う、試される、ということも言えるかもしれません。 すべてを失うような不幸でなくて…

信仰の義2

信仰の義2 義とは、正しさのことです。信仰は義から離れるべきではありませんが、人の信仰に、神のような完全なる義はありません。ゆえに人は罪を犯します。地上に生きる人の信仰が完全になることはありません。それを確かめる完全な能力が人にはないからで…

受け取るべきこと2

受け取るべきこと2 Q. キリストはいわれなき罪のために十字架につかれました。パリサイ人たちは悪い奴です。彼らが憎いです。 A. 何を言っている。キリストを殺したのは私たちだ。そうあってはならないからキリスト者は祈っている。 そのことを、神は既…

避け所3

避け所3 私は、神様を、分かっているわけでも、詳しく知っているわけでもありません。しかし、聖書には、神様についてのヒントとエピソードが書かれています。そして、神と人の違いと、キリストの人への洞察と共感が書かれています。 人間には、ヒントのよ…

昔々のポエムなど

昔々のポエムなど ルサンチマン 弱者につのる恨みとも負け犬の遠吠えとも負け犬根性とも それでニーチェという人が弱者の道徳としてキリスト教を否定したらしいまた革命の原動力でもあったと聞く 「神は死んだ」は「神はいない」と違って「かつて神はいた」…

分からないと言える勇気3

分からないと言える勇気3 キリストの教えについて、分かることと分からないことがあります。ずっと分からなかったが、あるとき分かったということもあります。キリストの教えを理解することは、信仰の成長に伴います。分からなければと、思い込もうとしたり…

できることを2

できることを2 過去記事を加筆して再録 正しいことをしたから救われる・・のではない、ということが分かる聖句です。 (マルコによる福音書、口語訳)14:3イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高…

善悪と判断3

善悪と判断3 私の前の記事「できることを」 https://ameblo.jp/st5402jp/entry-12577093969.html の続きのようなものですが アメリカのドラマで、よく聞く台詞です。 " Do the right thing. " 正しいことをしなさい、やるべきことをしなさい、という意味で…

赦すこと3

赦すこと3 ※ 人格異常で批判対象となっている楽山が、余計なことを書いてくるので、このところ、後付けの批判のために、記事が長くなっています。 私が最初に牧師から習ったのは、罪の赦しは、許可ではなく、赦免ということでした。だから、漢字では、許す…