ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

ボンヤリ言語の誘導

 
  ボンヤリ言語の誘導
 
   オカルト兼自己啓発書とは? (『忘れられたベストセラー作家』小谷野敦著)
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41564903.html
   楽山ブログのコメント欄。
 
 
(私)
はぐらかし、というのは、シャロームがやってきたことです。楽山は、それに加え、ボンヤリ言語で、いかにも、中立で、柔和に見せかけて、問題の焦点を逸らせようとしてきます。一見、道理か理屈を言っているような、ボンヤリ言語の罠に嵌ってはいけません。
(私)
シャロームと楽山は、まともな話のできない者たちです。語れば、作為があり、悪意があり、誠意がない者たちです。引き込まれると、引きずられて、絡まって、何が大事か、分からなくするのが狙いです。対話は、とうの昔に、諦めています。問題点の悪質さを指摘して、否定してゆくしかありません。
 
(楽山)
>犯罪に及んでいないから批判するな、というのは全く成り立たない。
私が言ってるのは、「批判するな」ではなく、「違法行為などのない人に対して、カルト呼ばわりはよくない」ということです。
「シャロームの聖書解釈、信仰態度には反対だ」というなら、そこは自由に批判したらいいかと思います。
ただ、違法行為などがないにもかかわらず、聖書解釈、信仰態度に異論があるということを持ってカルト呼ばわりするのは、あらぬ誤解を招き、よくないということです。
2019/7/30(火) 午前 7:13[ 楽山 (自由) ]返信する
 
(私)
「違法行為などのない人に対して、カルト呼ばわりはよくない」
楽山は、何を言っているのでしょう。意味不明です。警察につかまっていないからカルトではない、とでも言うのでしょうか。悪しき宗教を宣伝している、すなわち、嘘吐き、キリストに真っ向から反することを言いながら、キリスト信仰?を説く、改める様子が少なくとも8年間全くない、反論も弁明も全く成り立たない、これだけで十分です。性根の腐ったカルト、それが、シャローム、そして、楽山であります。
 
(楽山)
>カルトに対して、役立つ考え方があるようだ、ということが、既に、カルトとは見なしていない証拠です。
これは大雑把すぎると思います。
宗教というものは、多くの場合、カルトも、カルトでないものも、まともな教えと、まともとはいえない教えの両方があるものです。
カルトのまともな教えと、まともでない教え、
カルトでない宗教のまともな教えと、まともでない教え、等々。
カルト批判するなら、この辺りの区別はちゃんと付けた方がいいです。
2019/7/30(火) 午前 7:14[ 楽山 (自由) ]返信する
 
(私)
大雑把で穴だらけなのは、楽山のほうです。まともな考えと、まともでない考えに分けることは無意味です。カルトは、即刻、人道に反する有害な宗教もどきとして、全否定する必要があります。一部が間違っているなんて、私は、考えていません。根っこが腐っておれば、総て邪悪です。区別をさせて、ああでもない、こうでもない、という楽山のボンヤリ言語ワールドに引き込みたいのでしょう。これこそ、カルトらしい誘導です。
(私)
宗教として、根っこが腐っていると思うからカルトと呼んでいます。この楽山の考え方こそ、カルトを擁護する者の作為と悪意なのです。そして、楽山は、カルト宣伝者です。何を、外から見ているような口の利き方をするのでしょう。楽山は、書けば、いたるところに、言い逃れの詭弁をまき散らしているようです。
(私)
何て醜い言い逃れ。楽山は、理路がなく、理解力がなく、惑わし言葉をポンポンと投げてくるだけです。文脈を混乱させるだけです。それが、ボンヤリ言語なのです。それが、アドラー教カルトなのです。それが、楽山です。シャロームと楽山を疲労物質といったのは、このことであります。楽山の口は災いです。理路を正せず詭弁だけしか言ってこない楽山には、黙っておれ、と言うだけです。
(私)
楽山と話をするためにコメントを書いたのではありません。すでに、対話は無意味だと分かっています。楽山は、理路で語るのではなく、理路を混乱させるために語っているに過ぎません。私は、楽山を説得することなど、楽山と対話することなど、とうに諦めて、カルトとして楽山について、この者は不法だと、おかしな記事に付け加えるためにコメントを書いています。
 
(私)
いつまで、柔和芝居をしているつもりだ。あらゆるところに、楽山は不正を表している。記事を書けば書くだけ、コメントを書けば書くだけ、理路を書けば書くだけ、カルトに堕ちた者の、えげつない詭弁が表れる。
(私)
邪悪なものに、まともがあり、まともと、まともじゃないものを、分けるべきだと言っていることが、既に詭弁。分けられないものを、ふつうに分けられるかのように語る、そして、騙る、楽山の詭弁。
(私)
邪悪な者が、邪悪なものについて、一見、よさそうに見えそうに感じ取られそうなことを言うのを、嘘、と言います。
 
 
(2019年07月30日)
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
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