ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

受け取るべきこと

 
  受け取るべきこと
 
 
 キリストは
 いわれなき罪のために十字架につかれました。
 パリサイ人たちが憎いです。
 
 何を言っている。
 キリストを殺したのは私たちだ。
 今の私たちと同じだ。
 
 
キリストの言動の中で
私たち人間が感動できるのは
キリストの愛に溢れた洞察力と共感力だと思う。
 
何度も言ってきたことだが
物や肉体の奇跡の話は
そういうことをなさる御方なのかと驚きこそすれ
今の時代
物や肉体の奇跡は滅多に起こらない
という現実があるのだから
それを信仰の中心にすることは間違っている。
 
数々の奇跡のみに注目して
いつか起こる、いつか起こると
物や肉体の奇跡を祈り願い待ち望んで
それで人生が終わるのがキリスト者だろうか。
魔法を願って思考停止することを神は人に求めるだろうか。
神は人を考える存在として造られた。
 
奇跡頼みは、私たちの日常において
考えるべき様々の課題から目を逸らすことになりはしないか。
 
奇跡の話ばかりして讃美しまくり
信仰者の弁えとしての神への恐れを
全く無視している者を見ると
人格を自ら破壊して
まるでケダモノのような卑しさに堕している。
 
物や肉体の奇跡は
人間にとって
わけのわからないことである。
即ち、真似のできないことであり
即ち、心掛けようのないことであり
誰でも与えられる恵みとして
期待するほうが無理ということである。
努めようもないのだ。
 
また、情欲の聖句や、敵を愛せよ、など
守れもせぬ教えを
できるだけで
守っている気分になっていると
旧約が伝える神と人の絶対的な違いや
新約が伝える神格が人格に与えるものを
疎かにしかねないと危惧している。
 
冒頭に書いたように
私たちが受け取って感動し共感できるのは
魂あるいは心の奇跡と呼んでいるもの
即ち、救われた人々との交流において表されたところの
キリストの愛と洞察と共感である。
私たちが受け取れるもので
私たちに分かるのは
それ以外にはないと言ってよい。
 
キリストの愛と洞察と共感を受け取れば
私たちの中で確かに生きてくる賜物となり力となるだろう。
 
このことは人間という存在を考えるとき
必ず、思い考え、さらに憧れてよいことである。
どうしてそのことに心を砕かないのだろう。
 
物や肉体の奇跡のことは
心のままにしかならないものとして
私たちも御心のままにと祈るほかはない。
 
私たちは自由意志を与えられているのだから
教えや聖句について
今の自分の受け取ったものを固定するべきではない。
 
私たちは成長することで
堕落に対抗することが必要であり
それが可能になるためには
聖書についても、読んだとき聞いたとき
分かったつもりになることを避けて
正直な心で疑問は疑問として保留にしておくべきだ。
いつか本当に分かって感動するまでは
というより地上に生きている間は保留にしておくべきだ。
 
私たちは
神の言葉を即座に理解するほど優秀ではない。
さらに私たちは
理解したつもりのことを不変に保持することは出来ない。
心は、揺らぎ、移り変わるからである。
 
神には起こらない不安定が起こるのが人間であり
風を追うようなものとは、私たちすべての人のことである。
その証拠は、私たちの、死すべき定めにおいて明らかである。
 
私たちの成長は、
成就しても限りあるけれども
それさえも
神の前に、飾ったり、偽ったりする者には
決して達成されることがない。
 
日々、精いっぱい正直に神に告白し祈ることで
はじめて、ようやく、達成に方向付けされるだろう。
 
 
私の言うことを取るも取らぬも読む人の自由です。
しかし、取る、あるいは、取らない、ということを、
今、決めてしまうことも
不完全で罪深い私たち信仰者の成長のあり方ではないと思います。
心に残るなら、時に、考えてほしいと思います。
 
悪口に、悪口だけを返すことのないように
侮辱されて、侮辱だけを返すことのないように
憎まれて、憎しみだけに固まることのないように
自分の快楽原則のみで他者を無視するようにならないために
迫害されて、お返しに、害することのないように
自分を守るために、神の名によって、硬く自閉することのないように
悪しき刺激を受けても、心がいつまでも乱れていることのないように
攻撃されても、神の復讐だけを願う生き方にならないように
被害的念慮と他罰的念慮に凝り固まることのないように
神の裁きを求めることが、人の人への復讐祈願にならないように
神を信じることが、他者を呪うことではなく、解放であるように
 
祈っています。拝。
 
 
(私個人の祈り)
 
どうか母をお守りください。
どうか兄をお守りください。
今は亡き父と親族の魂が安らかでありますように。
私が愛する人々と私が思っている人々をどうか守り導いてください。
 
年を重ねるごとに心身の衰えが目立ってきました。
御心ならば、私の痛みと苦しみを取り去ってください。
わが罪をお赦しください。
この罪人をお赦しください。
どうか離れないでください。
 
この祈り、主イエス・キリストの御名を通して
御前にお捧げいたします。アーメン。
 
 
(2020年03月10日)
 
御心、御名、御前の、御は「み」と読んでいます。
 
 
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