ウソの国ー詩と宗教(戸田聡stdsts)

キリスト信仰、ポエム、カルト批判など

空想信仰?(3)

 
  空想信仰?(3)
 
   ・時が経つのは早い
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41566641.html
   楽山ブログのコメント欄。
   一部編集、また、コメントは前後しているところがあります。
 
 
(私)
コメント欄の続きですが、印象操作として、楽山は本の話をし、シャロームは、星の王子様を持ち出します。どんなに美しい話も人も、聖書さえ、楽山には、ボンヤリ言語を飾り、シャロームには、自分を飾るツールに過ぎないようです。
 
(楽山)
エスの生誕地、ヘロデ王のことについては、最近読んだ本『イエス・キリストは実在したのか?』(レザー・アスラン著)でも、言及されてました。これは、現実のイエスはどのような人物だったのかをテーマにした本ですが、どうも自分は前々から、福音書のイエスと現実のイエス、仏典の釈迦と現実の釈迦という差異が気になる性質です。
2019/8/5(月) 午前 9:33[ 楽山 (自由) ]返信する
 
(楽山)
> shalomさん
> 推測上の理解によって真実な関係は決して開かれることはないようです。
推測はどこまでいっても推測でしかないのかもしれません。
遠藤周作の書いたイエスは、たしか政治とは距離をとっていたように思いますが、
上のアスランは、それとは正反対に、イエスを革命家、独立運動家としてとらえているようです。
上の者が下に~というのは革命が起きて上下がひっくり返ることだとか、
皇帝のものは皇帝に、神のものは神にというのは、イスラエル神殿は神のものでローマに支配権はないから出て行けという意味合いがあるとか。
その他の言葉、エピソードも、かなり政治的に解釈されてる。
エスの政治に対する態度について、正反対の推測が成立しうるなら、この推測はどこまで信頼できるのか微妙ではあります。
2019/8/7(水) 午後 7:23 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
何も信じておらず、懐疑的で、何か大切なものを受け取れるかどうかを求めて掘り下げてゆくよりも、世俗的な感覚で軽々に事実の保証を求めるような、否定も肯定もしたくないボンヤリ言語の楽山らしい行動パターンだと思います。
(私)
裏情報の本のことは書いても、聖書そのものから何も受け取れない人の行きつきそうな無明の経過です。信仰には、ほら、間違いないでしょう、というような事実の保証は付きません。このコメントによって、楽山が、聖書を引用してキリスト教の記事を書いたのは全くの笑止であると言えるでしょう。
(私)
https://bookmeter.com/books/8123041
楽山は、パウロがキリストの教えを万民救済へと普遍化していったというところに触れていません。こういう恣意的な取捨選択をするので、特に何より聖書の読み方がまるで成っていないので、楽山が感想を書いたこの本を、私は読む気にはなりません。
 
(楽山)
正反対といえば、アスランは、イエスは洗礼者ヨハネの言葉を引き継いで、悔い改めよ、神の国は近づいたと説いたとしてるけど、
田川健三の『イエスという男 逆説的反抗者の生と死』では、上の言葉は洗礼者ヨハネの思想ではあっても、イエスはそうは言わなかった、悔い改めよとかは説かなかったと主張してました。
この主張には、さすがに私も仰天しましたが、結局のところ、イエスの実像については専門家の間でも議論があり、よく分かってないということなんだろうと思います。
現実の釈迦の思想については、中村元の本を読めば何となく分かったつもりになれるけど、イエスについてはどうもそう簡単にはいかないらしい。
2019/8/7(水) 午後 7:24 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
楽山は、イエスが悔い改めよとかは説かなかったという説をあげて、専門家も、よく分かってないと言っています。シャロームが悔い改めないことを承知の上で、楽山は言っているわけですから、楽山は、お仲間らしく、シャロームを弁護していることになります。
(私)
キリスト者でもないのに、立場を弁えず言いたいことを言うのは前からです。シャロームは、罪を認めず、悔い改めもしない、神の前で、これは、明らかにキリスト者の弁えから外れているのです。弁えのないところが、よく似ている二人のようです。
2019/8/9(金) 午後 1:52 st5402jp 返信する
 
(私)
どう読んだらいいかを考えるに、読んでみて、人間として、心がふるえるとか、心を動かされるならば、それは、その人の、そのときの真実なのです。もちろん、人間は不完全なので、そのとき直ぐに不変の真実とはなりません。記憶に残り、現実生活の中で、学習されて、真実に相応しいか、気の迷いに過ぎないかが分かれてゆくのでしょう。それが成長です。
(私)
楽山は、読んで、人間の心で受け止めることなく、浅薄な理解で知識として完全であるかどうかを判断しています。シャロームは、人間の心がなく、人間の心で受け止めることなく、粘土をペタペタ付け加えるように、妄想形成の材料にしているだけだと思います。そこに、成長はありません。
2019/8/9(金) 午後 7:48 st5402jp 返信する
 
(シャローム
> 楽山 (自由)さん こんばんは
星の王子様の要約されたお話を聞いてみますか。
聞くのもいいですね。
https://bunreki.com/hoshino-oujisama-arasuji/#toc2
2019/8/7(水) 午後 10:26 [ shalom ] 返信する
 
(楽山)
大切なものは目に見えないというのがテーマのようですけど、
いろいろな星をめぐって、蛇に咬まれて元の星に戻るというのは、
いろいろな人生を送って、死によって元の世界に還るという輪廻転生っぽいですね。
2019/8/8(木) 午前 6:27 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(シャローム
> 楽山 (自由)さん おはようございます
「死によって元の世界に還る」
自分のこれまでの推測の上に立ち続けている理解であれば、きっとそういうことでしょうね。でも王子様が元の星でケンカ別れをした星とバラとの再会、 出会い、関係は全く違ったものなのですね。そのことが星の王子様の一番大事なメッセージではないでしょうか。
エスさまを信じても、私たちは元の世界に生きていますが、元の世界とは全く異なる再会、出会い、関係に生かされているものに変えられているのです。
もう一つ大事なことが見過ごされているのではないかと思いますね。
2019/8/8(木) 午前 9:39 [ shalom ] 返信する
 
未承認
(私)
違う関係に生きていると、星の王子様とキリストを類似として扱っているようですが、前者は救い主ではなかったはずです。シャロームの理解が、何でもありの、いい加減であること示しています。キリストを童話として受け取るような、安易な理解でしかないことが表れています。それゆえに、悔い改めが必要な自らの罪の性質など考えもしないのでしょう。キリスト者ではないという宣言でしょうか。
(私)
また、シャロームに、人間についての洞察は全く理解されていません。理解していたら、童話の主人公とキリストを似た者として同列に語るようなことには決してならず、何事もなかったかのような今の語り口にも決してならないからです。シャロームには、シャロームには、実に気安い「もう一つ大事なこと」がいっぱいありそうです。
(私)
視野が広いから、などという言い訳をしようとしても、バレているのだから、無駄です。
キリスト者の視野が広ければ、キリスト者として、キリストとは別の童話の主人公として星の王子様を語りますが、両者を混同したりは決してしないのです。キリスト者個人にとって、キリストは、別格だからです。シャロームが中心にいて他は周辺という語り方です。シャロームにとっては同じ知識に過ぎないのでしょう。語れば語るだけ、ボロが出る、ということが進行中です。
2019/8/8(木) 午後 8:25 st5402jp 返信する
 
未承認
(私)
星の王子さまが好きでも、星の王子様が自分を救うわけではないのです。
自分にとって個人的に唯一の救い主がキリスト・イエスですから、似たところがあっても、似たような位置に置くことはできないということです。
未承認
(私)
シャロームのような偽者は、中心に自分しかなく、それこそ、大王としての主観だから、他者の立場をみな同類にしてしまいます。
2019/8/8(木) 午後 9:35 st5402jp 返信する
 
未承認
(私)
(ネットより)
「王子は、ありふれたと思っていた星のバラが大切な存在だと気付くのです」
https://bunreki.com/hoshino-oujisama-arasuji/#toc2
シャロームの、いつも特別高いところから、自分が上だとばかりに、皮肉を言い、嫌がらせの言葉を吐いて、ボロクソに言い、豪語するのとは、えらい違いです。シャロームは、星の王子様の、いったい何を読んだというのでしょう。言動が、全く矛盾しています。
 
(私)

エスさまを信じても、私たちは元の世界に生きていますが、元の世界とは全く異なる再会、出会い、関係に生かされているものに変えられているのです。

元の世界とは全く異なる上から目線に生きているシャロームが言っています。そうして、学習することも成長することも放棄して、同じような上から説教?を、他者を聞かないで、繰り返しているのです。そして楽山は相づちを打つように、受け入れている仲間であり続けています。
2019/8/8(木) 午後 8:54 st5402jp 返信する
 
(楽山)
> shalomさん、こんばんは。
shalomさんは、生まれ変わりは信じてないみたいですね。
キリスト教では、輪廻転生は認めてないそうだから、それも当然ですね。
私の方は、以前は、それは当たり前だと思ってましたが、最近は懐疑的になってます。
でも蚊とかを見たときに、「あの人の生まれ変わりかもしれない」と思って、殺すのをやめたりするので、本能的な部分でも今も信じてるのかもしれません。
星の王子様は、今週末にでも読んでみようと思ってます。
では、また!
2019/8/8(木) 午後 6:23 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
未承認
(私)

蚊とかを見たときに、「あの人の生まれ変わりかもしれない」と思って、殺すのをやめたりする

本当に蚊を殺すのをやめたりするのでしょうか。刺されてあげるのでしょうか。取って付けたような不細工な嘘の憐憫など書かないほうがいいと思います。
シャロームはボロクソ節で、楽山はボンヤリ言語で、平気で、根拠もなく、いたずらに、人を、欺き、疲労させ、傷つけ、罵倒してきました。人を人とも思わないで、幽霊に優しいとは、お仲間同士で、とんでもない厚顔無恥の超常同好会です。
2019/8/8(木) 午後 8:34 st5402jp 返信する
 
未承認
(私)
キリスト者を救うのは、キリストつまり救い主だけですから、キリストは、いつでもどこでもどんな場合でも、キリスト者にとって別格であり、他の仮想のキャラと同じように語られることはありません。
2019/8/8(木) 午後 8:57 st5402jp 返信する
 
 
(2019年08月10日、同日一部修正)
 
 
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